第13号 2010.3.28〜順次
2010.3.28 送別会での卒業生の言葉
M
@仲間を大事にしてほしい。たとえば練習では、どの練習をしても自分より速い人が一人二人いて、いま思うと、それが本当に良くて、それだけで練習の目標ができるわけで、そのことが良かった。仲間から教えてもらうことがいっぱいあって、仲間を意識して練習していくことで、県横陸上部の目標である「チームで強くなる」ということが、達成できていくと思う。
Aこの学校で印象的だったことについいて。こういう場で聞く話や先輩やOBの話は、自分の考えが変わるような話や、はっとするものがいっぱいで、この部活にいると、そういう話を聞く機会が多かった。そういう話を大事にして自分のものにしていってほしい。
卒業してみて思ったことで、ありふれているが、これが伝えたいことだ。春のみんなの活躍が楽しみだ。
H
自分は部活に一番迷惑をかけたと思う。ひとつ、みんなに言いたいことは、すべてにおいて本気でやってほしいということだ。。練習や試合で辛くて、このぐらいでいいやとか“抜いて”走ろうとかしていた。大きな試合では予選は前半飛ばして、後半は“抜いて”なんて走り方だった。だから、自分の狙った試合のところで、今まで動いていないせいで、身体が動かなくなってしまった。40秒走でも動かしていなかった。本気でやってないと、そういう時に動かない。実力に及ばない力しか出ないことになる。だから3年では自己ベストは1回しか出なかった。みんなはどんな試合でも練習でも本気で走ってほしいと自分は思う。やろうと思えばできると感じた。だから勉強も本気でやってほしい。あまり勉強の話はしてこなかったが、3年の体育祭が終わってからでは、それなりにしかならないと自分で実感した。それでも残り1ヶ月で数VCを終わらせることが出来た。本気でやれば1日の半分は勉強できるようになると思う。今は部活に重心をおいているだろうが、今の内から抵抗をつくっておかないと動かないことになるわけだから、1・2年の内から勉強してほしい。なんだかんだいっても、3年間まっとうできて良かった。
O-R
中学で陸上を始めて高校でも陸上をやりたいと思って入学したが、自己ベストを更新できずにきた。でも、続けたことで3年生の大会で入賞し記録も出せた。辛かったり人間関係であったり勉強であったり、いろいろあった。みんなも辛くなることがあると思うが、結果が出なくても最後まで諦めずにいけば、やりきったことは財産になるから、辛くても最後までやってほしい。
もうひとつは短距離のこと。リレー競技を大事にしてほしい。陸上は基本的に個人競技だが、四人集まらなければ出られない。1年の時には人数が足らず、2年になって新しい先生も来て、出られるようになって、それでも四人以上メンバーがいると、出たいと自分が思っても、なかなか出られなかったり。自分は最後の中地区では1年に速い子がいたらリレーメンとられる気持ちもあったが、陸上部の一員として出られる自信、誇りを持って、そういう気持ちでみんなには走ってほしい。自分はマイルは苦手だった、40秒走も苦手で、なんで自分が走らなきゃいけないんだと思った。でも、マイルも自分一人では走れなかった。前の二人がつないできてくれたものを自分がつなげなければと思い、一人だけでは出せない力をリレーでは出せる。辛いが、みんなで挑戦してやっていってほしい。これから春の大会、新3年生は最後のインターハイに向かって頑張って。
T−A
仲間の大切さについて。入った時は勧誘がすごくて入ってみようかなで入り、入ったら皆すごくて、気持ちでもついていけなくて、思っていた高校生活と違うなと感じた。でも、夢を持ってみたいと思うようになった。それでも、個人競技の陸上部の中で自分は自分のことしか考えないでいたと思う。それが、3年になって走れなくなって辛くなって、一番いやになったのは自分が走れなくなったことがショックで、そんなとき駅伝部のみんなが励ましてくれた。3年の春に初めて行きたくないと思うようになった時に、まゆちゃんも走れないのに電話がかかってきたり、森先生に怒られたあともメールで「明日も頑張ろう」と来ていたり。受験と部活の両立も厳しくて合宿に何故行かなきゃいけないんだと思ったし、どっちもどうでもよくなったが、いつも「頑張ってね」と言ってくれた。みんながいなかったら辞めたと思うし、大学も適当なところで指定校に出していたと思う。キャプテンは大変だったと思う。個人競技で自己中で自分が一番になりやすい中で、上に立つ人は温かい人が多く、辛くなった時には自分でふさぎこまずに、周りに助けを求めていいと思う。入部して現実を見て無理だと思う時もあって、辞めようと思うこともあるが、やりとげることに意味があり、いろんなことが学べるから、3年間を大事にやってほしい。みんな、いい顔しているので、春はいい結果が出せると思う。
U
メンタル面の話をしたいと思う。自分は高1の時と今年の駅伝時期が一番調子が良かった。ちゃんと練習積めたなという時で、中3の時は早く試合がやりたいと思い、どきどきわくわくして緊張もしたが、いい緊張だった。高2の春は冬に怪我して走れないし、まわりの目も気になり、試合に出るのが嫌で不安で不安でしかたなかった。先生に「調子は?」と聞かれると、「大丈夫です」としか言えなかった。自分を安心させるためでもあったが、無理矢理でもポジティブに考えると、「いけるかも」と、不安でも前向きになれる。5・6月だんだん本気でポジティブに入った。いま不安でと言う人も、絶対に不安の方が勝っていても、「大丈夫」と人にも自分にも言って、ちょっとポジティブになるといい。本当は逃げ出したいと思っても「大丈夫」と言い聞かせて走れば、前向きな気持ちが勝って走れるようになると思う。自分に言い聞かせて、憂鬱な気持ちを打ち負かすポジティブさをもってほしい。今年の駅伝は辛い練習を初めてした。自分の記録が伸びているのがわかった。いいチームだと自覚できて、どんな練習も頑張れた。受験期に入って、練習で一人で走ったりしたが、みんなと走るのと違うと思った。一人で走るのは辛い、部活で走るのはこんなに違うのかと思った。人との出会いは大事だと思った。会ったとき楽しく会える仲間をつくってほしい。みんなの試合をできるだけ見に行きたいと思う。
K-A
@受験生活を通じて感じた部活について話す。両立ができない自分がいて引退しても切り換えられない自分がいた。でも、部活・合宿・試合で頑張った自信が勉強も頑張れる自信につながった。両方頑張るのは無理だと思っていたが、頑張れる人は両方頑張れるものだと感じた。横高生は行事も盛んで何にでも頑張れる姿勢を持っている。みんなには、どんなことにも頑張れる人になってほしい。
A仲間について。横高に入った時、ずっと行きたくて、入ったら陸上部が強くて先輩や同年代のパワーや勢いについていけないなあと思うことがあった。今は、やる気が正直ない時も部活に行くと、みんな一生懸命にやってて、陸上競技は一人で走る個人競技だが、練習で頑張る仲間の姿を見て頑張れるようになった。絶対一人じゃない、辛くても抱え込まず、みんなに相談してほしい。全体的に抱え込む人が多く、抱えて辛くなる人が多い。もっと弱いところを見せても良いと思う。案外相談してみると、みんな良い人で力になってくれ、自分も軽くなる。そういう雰囲気の部活にしてほしい。暗いな、いやそうだなと、変化に気づいてあげて、話を聞いてあげられる余裕をもってほしい。自分で、いっぱいだと気づいてあげられず、仲間が孤立化する。みんなで頑張っていこうと、そういう人を見捨てないクラブ、それが強いチームだと思う。これから3年生は自分で手いっぱいになると思うが、みんなを見てあげて全員で一つになるチームをつくってほしい。
K-N
@自分はショッキングなことや、うまくいかないことがあると、嫌やだとパッタっと心の部分で切っちゃって、体も熱が出て、部活も休んだりして練習しない期間があったが、受験の時にもいきなり失敗となった時にまた同じように放棄していたが少しずつ前に行く人に出会って、今の状況から自分が逃げていたと言われて、やっと少しずつでいいから自分でも進んでいることが分かって、そのことが、どれだけ大事なことか今になって分かった。みんなも辛いことがあると思うが、歩みを止めずに前に進んでほしい。
Aどうしても、みんなに伝えたいことがある。自分が中3の時に横高のグランドを見に来たことがあって、寺の墓地の方から見ると、先輩達がグランドの整備をしていた。階段から人が上がってくるとグランドの整備を始めていて、石拾いや草むしり、トンボをかけたり、練習前にそういうことをやっている姿が忘れられなかった。すごくグランドのことを考えている人たちなんだなと思った。グランドのためにやるんじゃなく、一緒に練習する人が怪我をしたりしないようにやっているんだと思った。周りの人もつながっているんだと思った。こういう話を聞いて感じない人もいると思うが、入学する前に、すごくいいものを見たと自分は思ったので。
E
自分は周りのみんなほどすごくないし、後輩に何かしてあげたことも覚えがない。現在までを見てて思ったことを話す。1年の時の冬に練習がほとんどない時期があった。OFFや抜きが多い日があって、うちらの代は練習が少ないと不安に思った時期がある。小谷先生が来てから、先生は天使のようなかわいい顔をしているが、鬼のような練習メニューを出してきて、それで冬って、それくらい練習をやるもんだと思った。1年のやらなかった時期と対照的に、2年の冬はいっぱい練習した。練習のありがたみが感じられた。1・2年生は小谷先生の厳しい面を知って、ああ辛いとか思うかもしれないが、うちらの代はアヤミがイエーイとか言って盛り上げてくれて、それに支えられた代だった。みんなも、きつい練習でも周りを盛り上げる隊長みたいに一人ひとりがなって、そうすると、どんなきつい練習だって気持ちが変わってくるし、練習をどうせやるなら楽しく、自分の意志でやっているなら、高い目標をもって全力でやり遂げてほしい。全力でやるなら楽しんだ方が得だと思う。いやだなあという雰囲気が漂っている時は、練習のありがたさを感じ、精進してほしい。最後に特に三浦先生は、下手な自分を見放さないで感謝してもしきれない。タケちゃんが入ってきた時は一週間で抜かされて悔しかった。めげることがあると後輩には負けたくない、頑張ろうと思った。みんなも目標を持って、部を盛り上げる人になってほしい。
(追記:送別会欠席者から)O-Y
まず最初に、送別会の場に来れなかった事をお詫びしておく。あんまり偉そうな事を言える立場でも無いのだが、一つだけ皆さんにアドバイスしたいと思う。自分たちのルールを明確にする事。自分はこれが良い組織を作る上で何よりも大切な事だと思う。メンバー一人一人が自分の役割はこれというものを持っていれば、試合や練習の準備、片付けもスムーズにこなせるし、リーダーの負担も減ることだろう。これが出来ていなかった例を挙げてみると、練習後の草むしりの時に時間を決めずに延々とやっていた事。いざやろうとしても最初に役割分担がされていなかったがために手持ちぶさたになる人がいたり、みんながかたまってしまったりしていた事等だ。ルールを明確にする事の大切さは練習においても言えることだと思う。自分が現役だった時に、40秒走のルールが曖昧になってしまっていた事があったと思う。自分自身40秒走が好きでは無かったので手を抜いてしまう事が多々あったが、ひょっとすると自分の中でルールを確立出来ていなかったのも理由の一つかもしれない。つまり、ルールや本数をきちんと決めた上である意味機械的になって取り組む事がもっとも効果的なトレーニングなのではないかという事だ。以上が自分の三年間を以て伝えたかった事。参考になれば幸いだ。
(追記:送別会欠席者から)T−Y
自分が高校3年間で痛感したのは継続の大切さだ。なぜ自分は強い選手になれなかったのかを考えてみると、やはりその一番の要因は練習の継続ができなかったことだと思う。皆は何よりこの練習の継続を最優先すべきだと思う。いくらその日いい練習ができてもそれを3カ月、半年、一年と継続できなければ、また体は元に戻ってしまうのだ。頑張ってほしい。以上。こんなものしか書けなくて申し訳ない。中地区までもう間近。みんなの結果が楽しみだ。(4/28)
O-M
女子長として自分で大丈夫か不安で、もっと上の先輩を見てきて比べてて、そうならなきゃいけないとそればかり考えてたが、同じ代が助けて支えてくれた。そして試合の中で気づいて私は私なりの女子長のあり方でいいと思った。みんなが色を出して、自分がそれをまとめられたらいいと思った。中学の時に陸上をやってて速くなかったが、中3のはじめての駅伝で、区間賞、県大会には惜しくも行けなかったが、この学校に入って関東を目ざそうとして、3年になっても駅伝に向け残ったが、最後の夏は練習も全然走れず、それでも、後輩がグランドでは頑張ってるし、教室では仲間が励ましてくれて、みんなの支えがあって出来てきたんだなと思った。でも、駅伝になってほんとに走れなくなって、その時に森先生から「最初に戻り、陸上が好きで始めたはず、木を感じ川の流れなど自然を体感しながらのびのびやれよ」と言われた。「そうだ」と思い、最後の駅伝だとプレッシャーをかけてたが、切り換えて楽しむことにした。すると、気持ち的にすごくラクになって、速くはならなかったが、速くなれると思うようにした。こうすると、初心にかえるつもりで、楽しむことの上に、速くなるということがあると思う。駅伝部の子からも、男子からもメールもらった。先生方からも支えになる言葉をもらっていたと、メールなどを見返してみて気付いた。自分ができなかったとしても、みんなが頑張ってくれたことに感動した。みんなも自分がやったことは自分にかえってくるから、自分を信じ、仲間を信じて、やってほしい。
K-H
正直言って自分の陸上人生はださかったりする。中学から始めて、ハードル始めて、全国めざしてやって、ギリギリでダメで、悔しくて高校入ってやっていこうと、最高の目標はインターハイの決勝に残ることにして、1年の決勝に進んだ頃は天狗になっていた。そんなで始まって、冬に膝を怪我してこけて、どうにか2年のはじめあたりからベスト更新できて、なんとかやってたが、2年の新人では、気合で準決勝で日本ユースの標準きって国体行こうと力んだら、勝負弱さが出て・・・。勝負強さが必要だと痛感。3年になったら、力と自信をつけて勝負強さを身につけようと思ったが、冬に腰を痛め練習できなくて、心が折れてしまって、ダサいが、あきらめてしまった。上ばかり見てるのも馬鹿らしくなって、走ってる場所が違うだけで、たいして変わらんと自分を納得させて、あきらめて、練習できない状況がつらくて、グランドにあがれない時期もあった。陸上を続けようか迷い、ろくなことない、意味ないと思ったり、意味って何かと思い、2年あたりまで思ってた意味は、インターハイや関東大会に行くだった。そうじゃなくて、気づいたのは、陸上競技が好きだからやってる、おおもとは、「好きだから」で、「行くため」じゃないし、熱が冷めて、ハードルを極めていこうと思うようになって、気持ちが楽になり、陸上が楽しめるようになった。寝ても冷めてもハードルのことばかり考え、寝ても、跳んでるイメージで寝付けなり、そのくらい夢中になると、見えてくるものがある。まわりに「悟りを開いた」とか言ったと思うが、そうしたら、インターハイに行けた。どのくらい陸上が好きなのかが大事で、どれだけ努力したかも大事だが、これがおおもとだ。陸上に対する姿勢が、まっすぐじゃなく、ずれてたりすると、つぶれてしまったりする。そう思って、夢中になってくださいと言いたい。夢中になると、一日の中で占める陸上の時間が大半になるが、楽しむことが大事で、心が折れるとは言い過ぎかもしれないが、折れたたことで分かったことがある。陸上がどれだけ好きかということを。それだけは言いたいと思った。そうすると、誠実になってくる。つまり、陸上に対して誠実であってほしい。そして、こうして聞いた話を自分のものにしてほしい。うのみにしないで、自分で考えることと、夢中になること。自分で考えなきゃダメだ。4年間かけて、やっと分かったこと。どれだけ陸上が好きか、実力というより結局、楽しんだ者勝ちだと思う。楽しめなきゃ意味ない。そうすると分かってくるものもある。自分で考えて、練習に取り組めるので、上の大会に行っても変わってくる。自分は変わることができたと、自信をもって言える。試合がこれから続く期間、練習を積めなくなるが、そこで夢中になれるか、あきらめずに自分を信じて!と思う。一緒に陸上やってこれて楽しかった。感謝の気持ちでいっぱいだ。
顧問K
1・2年生に思いは伝わったはずと信じる。チームとして、なんとかよりよい形を目指したい。生活すべてが大事だということが理解できない者は不必要と思う。横高の陸上部で続けていくなら、区切りをつけてほしいと最近1・2年生には話しをした。OBだからではなく、同じチームの仲間としてアドバイスしてほしい。
顧問M
人間は考えたことをコツコツやったときに逆転がある。逆転の要素@自分で哲学を持てるか。Aその哲学で支える努力。Bいい指導者と仲間に会えたか。頑張ること、直向きにやることが人を感動させる。力があるのに、やらなかったら、それはない。みんなにそういう生き様があるから応援してくれる。応援したり励ましてくれる人がいることをプレッシャーではなく感謝として自分の力に変えることだ。一番心配しているのはトラックの状態が荒れていること。以前、アダチがトラックにはいつくばって、どこが盛り上がっているか見たり、昼休みにカマを持って水はけを直したりしていた。そういったこともインターハイへの支えになったのかな、努力ってそんなもの。これからを期待する。
顧問O
62期という縁のある代。チームをここまで盛り立ててくれたことに感謝。そして、これからも力になってほしい。
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